「モンスターレーダー」および「モンスターレーダープラス」は、2011年12月に発売されたPlayStation Vita 専用ソフトである。本作は、PS Vita のカメラでとらえたライブ映像上にAR(拡張現実)で生成された仮想のモンスターを発見し、捕獲する位置情報ゲームであり、日本全国のさまざまなスポットに出没するモンスターをPS Vita に搭載されたGPSや電子コンパス機能などを駆使したレーダー画面で発見し、実際にそのスポットに出かけていくことでモンスターを捕獲し、飼育する。モンスターは、それぞれのお店や場所に合わせた種類の名称となり、例えば「イザカーヤ種」や「ニクヤキ種」といった名称である。2014年9月にサービスが終了した。
このゲームでは、位置情報を使用するため、wifiのない野外で使用するには、GPS機能が必要であり、PS VitaのGPSのついたモデル(1000シリーズ)でしか使用できない。 また、「モンスターレーダー」はPS Vita専用カードによるソフトウェアであり、「モンスターレーダープラス」は「モンスターレーダー」に一部機能を追加した、ダウンロード専用のソフトウェアであり、基本的な構成やプレイ方法は同じである。以下、本論では「モンスターレーダー」に統一する。
まず、モンスターレーダーとポケモンGOの類似点と相違点を指定していきたい。モンスターレーダーは、多くの点でポケモンGOと類似している。ポケモンGOは、ナイアンティック社と株式会社ポケモンがスマートフォン位置情報ゲームとして2016年7月に配信を開始し、配信直後から世界中の人々を魅了し、今なお社会に様々な影響を与えている。 谷島貫太の「いかにして私たちはポケモンGOと接触するのか——二つの指標性から出発して」において、ポケモンGOの「中核体験」として、以下の特徴をポケモンGOにおける革新的な体験であると指摘している。
<aside> ▫️ 「ユーザーの物理的な移動を反映してポケモンGOの地図画面上をアバターが移動する。すると地図の一角にポケモンが登場する。そのアイコンに触れると画面が捕獲モードに切り替わり、ポケモンが飛び出してこちらに向かってアクションする。そのポケモンに対してボールを上手くあて、運が良ければポケモンを捕獲することができる。」(『ポケモンGOからの問い 拡張されるリアリティ』,78p)
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これらの特徴は、ほぼモンスターレーダーと合致する。モンスターレーダーも、同じようにアバターが地図画面上を移動し、その中でモンスターが現れる。「ボールを上手くあて、運が良ければポケモンを捕獲することができる」というランダム性についてはモンスターレーダーに見られないが、AR機能を使って現実の映像の中にモンスターを出現させる、という点では同じである。同論文では、チャールズ・ウィリアム・モリスの「意味論/統語論/語用論」といった記号論的区分、またチャールズ・サンダース・パースとダニエル・ブーニューによる「指標」をめぐる言説を援用し、上記の「中核体験」から「いかにユーザーをそのゲーム世界の中に導入しているのか」ということについて分析しており、特に「物理的指標性」、「コミュニケーション的指標性」の二つの指標性による接触が、ポケモンGOの体験の中核にある、とする。例えばテクノロジーについては、以下のように言及されている。
<aside> ▫️ 「この達成を可能としたのはテクノロジーの進展である。私たちの位置情報をリアルタイムで取得するスマホのGPS機能、そしてスマホのカメラの向こう側にいる〈キャラ〉を接触するという体験を擬似的に生み出すAR機能、これらが接妙に組みあわせられることで、これまでにない「接触」の体験がうみだされた。」(同上,88p)
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これらのテクノロジーは、すべてPS Vitaにおいても見受けられるテクノロジーである。そもそも、PS VItaは発売当初からその構成部品について、スマホとの類似性が指摘されていた(simカードも挿せる仕様になっていた https://xtech.nikkei.com/dm/article/HONSHI/20120105/203278/「PlayStation Vitaを分解、スマホにはない工夫が随所に」,日経クロステック)。そういった意味でも、モンスターレーダーは、当時の最新テクノロジーを用いた実験的なゲームであり、ポケモンGOの先駆け的な存在だった、ということができるだろう。 かなり大雑把になってしまったが、「中核体験」、またそれを支えるテクノロジー、という点において、ポケモンGOとモンスターレーダーは類似している。
一方、モンスターレーダーとポケモンGOの相違点は、どのようなものがあるだろうか。松本健太郎「ポケモンGOでゲーム化する世界——画面の内外をめぐる軋轢を起点として」では、ポケモンGOがもたらすリアリティの多層化、について、吉田(2013:65,「ビデオゲームの記号論的分析 : <スクリーンの二重化>をめぐって」)の整理したモリスの記号理論——「意味論的次元」はスクリーン上(ゲーム世界内)の記号(キャラクター)とスクリーン外(ゲーム世界外)の事物との対応関係、「統語論的次元」はスクリーン上(ゲーム世界内)での記号(キャラクター)同士の関係——を引用しつつ、ポケモンGOについて、以下のように言及する。
<aside> ▫️ ポケモンGOでは、「意味論的次元」において、画面の内側と外側との強固な結びつきが前提となっているように思われる。しかしより重要なことは、このゲームにおけるその対応関係が完全なものではなく、しかもその不完全性を前提として、画面内で組織された記号間の関係性がその外部世界との「軋轢」を生じさせている (同上,96p)
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そして、松本は、この「軋轢」を、ゲーム内のデジタル地図が引き起こしている、と指摘する。
<aside> ▫️ ポケモンGOのフィールド画面を構成するデジタル地図は、いってみれば極度に抽象化されたものといえる。そこには歩行者や車両の姿はなく、また建造物や地形の高低差も反映されていない。その「のっぺり」とした地図空間のなかでは、ゲームの遂行に際して有意味なポケストップやジムなどの施設が点在するだけで、それ以外の、現実の都市に林立するはずのランドマークなどは捨象されている。(中略) そこで重要になるのは、吉田のいう「意味論的関係」(すなわち、画面の内と外の対応)ではなく、むしろ「統語論的関係」(すなわち、画面に表象された記号間の関係)なのである(同上,97p)
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ポケモンGOをプレイしながら歩くとき、現実よりも記号間の関係である「統語論的関係」が優先される。私たちは身体が現実にありつつも、もはや現実ではない、別のレイヤーを歩いているのだ。その「結語論的関係」の優位性について、神田考治は「新たなるモバイル・ハイブリッド——ポケモンGOが生み出した虚構と現実の集合体」で、「拡張虚構」という言葉を使用し、ポーランド人のパウル・クチンスキーによる風刺画「Control」を引き合いに出し、私たちの現実、身体に対し、虚構が優位になっていることを指摘する。
<aside> ▫️ 「虚構の世界が優位のなかで形成されたハイブリッドであり、(中略)現実世界が虚構によって拡張されている「拡張現実」と捉えるよりも、虚構世界が現実にまで拡張している「拡張虚構」として理解する方が適切かもしれない」(同上,p108)
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